「屈辱、侮辱、それに恥辱・・・だと?」

バルトメロイから告げられた想像をはるかに超える憎悪に、士郎もどう反応していいかわからず、ほんの僅かだが途方に暮れる。

だが、それでも事態を把握しようと質問を重ねる。

「ちょっと待て・・・一体親父はあんたらに何をやらかした?もしかしてあんたの親族あたりに手を出したのか?」

士郎としてはかなりの確立で原因は養父の切嗣にあるだろうと踏んでいた。

現にバルトメロイの言葉を聞いたイリヤがぽつりと

「キリツグ、バルトメロイに何をしたのよ。もしかしてバルトメロイに連なる女性に手を出したのかな?」

父親への信頼ゼロの発言をしている。

だが、それに対してバルトメロイは更に冷たい視線を投げ掛け

「ふざけるな。確か『魔術師殺し』などと呼ばれていた下衆であるらしいが、何故その様な蛆虫と我がバルトメロイが接点を持たねばならぬ。妄言もたいがいにしておけ」

ただの一言で完全に否定してのけた。

「ちょっと!いくらなんでも故人に対してそれは失礼じゃない!バルトメロイには死者を悼む気持ちすらないの!」

あまりの言い分にカチンと来たイリヤが先程発した自分の発言を完全に棚に上げてバルトメロイに食って掛かる。

「じゃあ・・・ケイネス・エルメロイ・アーチボルトを殺害した事に対しての報復か?彼は親父が殺したようなものだからな」

士郎のその言葉にウェイバーが表情を変える。

だが、ディルムッドはやや表情を顰めたものの特に衝撃を受けたようには見えない。

「ディルムッド・・・驚かないのですか?」

その態度に不審を持ったアルトリアが静かに問う。

「ああ、ケイネス殿の末期についてはエミヤ殿から聞いている。騎士王よ、お前が意図して俺を足止めしていた訳でもなかった事も・・・」

そう言い再び沈黙を守る。

事情はわかっていても心からあの結末に納得したわけでもない事は明らかだった。

だが、それに対してのバルトメロイの返答は更に冷ややかなものだった。

「ほう・・・あの恥晒しは下衆が殺したのか・・・それについては参考になったが、的外れも良い所だな。どうして私が先程の下衆以下の恥晒しの為に報復を行わなければならない?それとその名二度と口にするな耳が腐る」

十『核』

その言葉に時計塔の内情など知る筈もない士郎はもちろん、凛達ですら唖然とした。

それに対してウェイバーはその表情に沈痛な物を加えた。

「どういうことだ?ウェイバー、エミヤとディルムッドの言葉からかつて聖杯戦争で余を呼び出そうとした男らしいな。かなり嫌われているようだが」

「・・・はい、ケイネス講師は・・・聖杯戦争終戦後間も無くして協会のみならずアーチボルト家からその名を抹消されたのです」

「な?・・・抹消?何故・・・」

ディルムッドの問いに静かに語り始めた。

「第四次聖杯戦争終戦から暫く経ち、監督役言峰綺礼より協会へ衝撃的な報告があったのです。第四次聖杯戦争時、暗殺された前監督役、言峰璃正殺害犯がケイネス講師であると」

その言葉に全員が息を呑む。

「当初協会はこの発表を誰も信じてはいませんでした。当然です。神童と呼ばれ将来を嘱望されたロード・エルメロイが監督役の暗殺に手を染めるなどとてもありえない事だったのですから・・・中には『犯人が断定出来ないから死人に濡れ衣を着せた』と公然と反論する声もありました。ですが、言峰綺礼は詳細かつ反論のつけようの無い証拠を一緒に提出してきました」

「証拠って何を出して来たの綺礼の奴?」

「璃正神父の遺体よりより摘出された銃弾、そして暗殺に使用されたと断定された拳銃と、それに関係する鑑識の鑑定結果だトオサカ。そこには遺体から摘出された弾丸と拳銃から発射された弾丸の旋条痕が完全に一致した事と拳銃より出てきた指紋がケイネス講師のそれとやはり一致した事、その拳銃はケイネス講師の隠れ家から発見された事、そして拳銃の販売ルートを調査した所、拳銃を購入したのはケイネス講師だと言う事が確認された事・・・更に璃正神父が殺害された教会の床から車輪の痕が発見されたが、それがケイネス講師の遺体の脇に放置されていた車椅子のそれとサイズからタイヤ痕まで全て一致したと・・・」

「なるほどね。魔術師らしい魔術師だったら軽視していたでしょうね。科学技術と言うものを」

イリヤが呆れたようなそれでいて、哀れむような表情で断言する。

確かに魔術はある意味神秘だろう。

ただの人間がおいそれとはやれない事を、魔術師は魔術を用いていとも簡単にこなす事ができる。

だが、大多数の魔術師は人間が何も出来ないからこそ科学技術を発展させてきたと言う至極当然な、そして簡単な事実に眼を向けない。

もしかしたら無意識に考えない様にしてきたのかも知れない。

何も出来ない人間が魔術とは別の方向で神秘に限りなく近い自分達と肩を並べたという事になど・・・

「更に動機として、追加令呪を得た後に他のマスターに令呪が渡るのを阻止するためと推察されると締めくくられ、これだけの客観性に富んだ証拠を前にしては、結局協会も璃正神父殺害はケイネス講師だと断定するしかなくなり、アーチボルト家はケイネス講師を追放、その名前も抹消されアーチボルト家の墓所に安置されていたケイネス講師の遺体も共同墓地の片隅に放置同然に埋葬された。更に当時ケイネス講師の婚約者だったソラウ嬢の実家ソフィアリ家もこの事態に激怒、死後であるにも関わらず婚約を破棄及びケイネス講師の破門も宣言、これによってケイネス講師の名は『恥さらし』、『魔術師の面汚し』の代名詞として呼ばれるようになり、その名を口にする者はほとんどいなくなった」

淡々と告げるウェイバーだったがそれは意識して作られているようにも見えた。

そんな会話をバルトメロイと対峙しながら聞いていた士郎は内心納得した。

よもや中立の立場である『聖杯戦争』の監督役を暗殺、それも魔術によるものではなく魔術師が軽視する科学技術によるものなのだから。

殊更にバルトメロイが嫌悪するのも頷ける。

だが、と士郎に新たな疑問が浮かび上がる。

では、何故、バルトメロイは衛宮に憎悪を向けるのか?

切嗣がバルトメロイに手を出した為ではなく、ケイネスの仇討ちでもないとするならば、バルトメロイが殊更に衛宮に対して憎しみを抱く理由が思い浮かばない。

「悪いがバルトメロイ・・・出来れば教えてくれないか・・・なんで魔術師の頂点に君臨するあんたらバルトメロイが衛宮を憎む理由を」

その問い掛けにバルトメロイは答えないだろうと誰もが予感していた。

だが、それに対してのバルトメロイの返答は予想通りだった。

「ふん、知らぬのなら貴様は知らぬまま地獄に堕ちろ。さて・・・時間をかけすぎたようだな。他のエミヤを知らぬのならば、貴様を殺せばエミヤは全て絶える。覚悟はいいか」

そう言って殺意を全身に漲らせ士郎との間合いを詰めようとしたその時。

「バルトメロイ!」

『クロンの大隊』のメンバーと思われる男が突然飛び込んできた。

「何事だ・・・今は神聖なる処刑の最中だぞ」

苛立たしげなバルトメロイの声は次の台詞で凍り付いた。

「た、大変です!今院長より緊急の連絡が届いて・・・アメリカが国連などの勧告を全て無視し独自の判断で欧州に向けて核を発射したと!!」









アメリカが核を発射・・・この報は無論イタリアの志貴達の耳にも入った。

「う、嘘!」

「なんて・・・愚かな!」

「核なんて撃って大丈夫なの!」

「そんな・・・欧州が死の大地になっちゃうよ!」

核の脅威をニュースや授業などで知っているさつき、秋葉、琥珀、翡翠は騒然と、

「呆れたわね。自分で自分の首を絞めてどうするってのよ」

「全くね」

青子とメディアは呆れて嘆息し、

「・・・」

宗一郎は表向きは沈着冷静に、無言を貫き

「なんて・・・馬鹿な事を・・・もしこの情報が全て真実ならば欧州が死の大地になる所ではない・・・下手をすれば・・・いや確実にユーラシア大陸・・・いえ世界が核の汚染を受けてしまう・・・」

シオンは現状で得られたデータを下に最悪の事態・・・核が全て欧州に着弾した場合・・・を想定して被害の予測を行っている。

「??姉さん核って」

「人間が創った兵器よ。過去類を見ない破壊力を持っているって言うけど詳しくは私もわからないわ」

色々俗世の情報を覚えたにも関わらず、核を今一つ把握していないアルクェイドは首をかしげてアルトルージュに尋ねている。

「なんと嘆かわしい事か・・・」

「全くだよ。核を投下したって『六王権』を滅ぼせるわけじゃないのにね」

リィゾとフィナもまた呆れきった表情で今回の核攻撃を酷評していた。

「・・・」

そんな中志貴は最初に眉を大きく顰めたがその後、何か考え事をしている様に無言を貫いていたが

「姉さんこの情報は・・・」

「間違いありません。アメリカは核を既に発射しました。着弾は何処になるかまでは判りませんでしたが・・・」

「もう撃たれたのですか・・・手遅れか・・・」

「はい、これで欧州は完全に死の大地となる事が決定しました」

エレイシアは心底悔しそうに唇を噛む。

だが、志貴とエレイシア達の『手遅れ』にはニュアンスが大きく違っていた。

そこに志貴の懐から軽快な電子音が鳴り響く。

「士郎からか・・・もしもし」

『ああ志貴・・・聞いたか?』

「ああこっちも既に報告は聞いている」

『どうする?と言うか、もう俺達に手段は無い訳だが・・・』

意気消沈した士郎の言葉を遮る様に志貴は思わぬ事を口にした。

「核の件だが・・・おそらく皆が心配しているような事態にはならないと思う・・・」









「え?」

志貴の電話越しの言葉に暫し士郎は呆然となる。

ちなみに今バルトメロイとウェイバーは核発射の報を聞き時計塔に一足早く急行している。

この凶報のお陰で士郎はある意味九死に一生を得た訳だが。

「どういう事だ?志貴それは」

『士郎、奴の・・・『六王権』の目的はなんだ?』

士郎の質問に志貴が質問で返す。

「目的?そりゃ世界を・・・あ」

『そう、『六王権』の目的はあくまでも世界・・・と言うかこの星を復活させる事、その為に害にしかならない俺達人間を駆除しているに過ぎない。俺達を絶滅させる事は目的ではなく行程の一つに過ぎない。そのあいつがこの世界を完膚なきまでに汚すような真似を黙って見過ごすと思うか?』

志貴の言葉に士郎も頷いた。

「じゃあ・・・核は」

『おそらく『六王権』の・・・あいつの手で阻まれる。俺が憂慮しているのはむしろこの後の事だ』

「後だって?」

『こんな暴挙に出たアメリカを・・・あいつが放置するか?』

志貴の言葉に士郎は息を呑む。

察したのだ、志貴の言葉の言外の意味を。

「もしかして・・・」

『ここからは勝手な予測だがな、アメリカにも攻撃を仕掛ける可能性がある』

志貴の予言に士郎も口を噤む。

確かに攻撃まで行かないまでもアメリカに目を付ける事は間違いないだろう。

『ま、この件については核同様、俺達にどうこう出来る問題じゃないけどな』

心底溜息をついてそう話を締めくくると、また何かわかったら連絡を入れると告げて志貴は電話を切った。









「志貴ちゃん、そんな事ありうるの?」

士郎との会話を聞いていた翡翠が疑わしげに尋ねる。

「可能性としてはかなりあると思う。奴は宣戦布告の時にも人類を滅ぼすと言うよりも、この星の再生に重きを置いていた。それが真実ならば核を防ぐ。何より奴の人となりがお師匠様の言う通りならば」

「核投下をなんとしてでも阻止するの?志貴ちゃん」

琥珀の言葉に頷く。

だが、志貴の見解に疑問を持つ者も当然いた。

「ですが兄さん。『六王権』側から見れば、長期的な視野だと核で私達が弱体化していくのですから放置する可能性もあるのではないですか?放射能も放置すればいずれ消えるのですから」

秋葉が疑問を呈するがそれは心底のものではなく、全員の議論を誘発する為のものに他ならなかった。

「秋葉の言う事にも一理ある。だがな、その放射能が消えるのが一体何年先になると思う?」

「放射能の汚染がようやく半減するのにも千年単位所か一万年単位です。それほどの長い時を費やさねば世界は再生しません」

「もしも私が『六王権』の立場だったら、そんな無駄な時間をかけるよりも核を阻止するわね」

「ええ私も。そんなに時間が掛かるならいささか手間がかかっても、今の時期に人類を根絶やしにするわ」

アルクェイド、アルトルージュも同意見のようだ。

「それと志貴君、『六王権』は本当にアメリカにも攻撃をかけるのかな?」

『六王権』の核阻止について意見が出尽くした所で、さつきが更に別の疑問を投げ掛ける。

「こっちについては、なんとも言えない。あいつも欧州制圧で相当の兵力を分散している。これ以上手を広げれば逆に各戦線の圧力が弱まり俺たちに反撃を許す事になるだろう」

「今までの経緯からして『六王権』がそんな愚を犯すとは思えないね」

「ああ、だからこれはあくまでも俺の予測だ。だが、奴がアメリカに目を付ける事は間違いないだろうと思う」

とそこに、核攻撃の報を受けて一旦席を外していたダウンとエレイシアが慌てた様子で駆けつけてきた。

「志貴君大変ですよ!!」

「どうしたんですか?姉さん」

なんとなく予測がついていたが。

「アメリカが発射した核弾頭が・・・全て消失したとの報告がありました・・・」









「・・・」

無言で携帯を懐に仕舞うと直ぐに凛達が駆け寄る。

「士郎、志貴の方は何だって?」

「ああ・・・それが」

士郎は志貴の見解を全員に話す。

「ありうるのか?そんな事が」

セタンタが真っ先に疑問を投げ掛ける。

それに対してイスカンダルが士郎に代わって答える。

「確かに『六王権』の目的が人類の絶滅にあるなら核なんかは放置するだろう。自分の手で自分の首を絞めるようなものだからな。だが、もし世界の再生に重きを置いているのなら」

「『六王権』は核を阻止するのですね征服王」

アルトリアの言葉に頷く。

「では今の時点で我々には術は」

「ああ。志貴も言っていたが、俺達にどうこうする事は出来ない。後は『六王権』が動いてくれる事を祈るだけだ」

その語尾に凛とルヴィアが顔をしかめる。

「ですけど・・・皮肉としか言い様のない事態ですわねシェロ」

「全くよ。今回の事態の収束を敵に頼るなんて」

「それについては同意するわ」

溜息混じりにイリヤが意見に同意した時、ウェイバーが再び駆け寄ってくる。

「王よ!!」

「おおウェイバーどうした」

「アメリカから再度連絡が・・・発射された核が・・・先程全て消失したと」









時を『闇千年城』にルヴァレに最終勅命を受け渡した『影』が帰還してきた時にまで遡る。

「陛下只今戻りました」

「ご苦労、それでどうだった?」

もはや名前を言う労すら惜しんで尋ねる。

「最初は渋っておりましたが、処刑をちらつかせると直ぐに承諾いたしました」

「そうか、一先ずルヴァレを除く全軍に再編を指示せねばならぬ。至急『ダブルフェイス』を起動せよ」

「御意」

一礼をして主君の前から立ち去ろうとした時、一人の死徒が飛び込んできた。

「陛下!一大事にございます」

「どうした」

「ア、ア、アメリカが・・・核をこの欧州に向けて発射したとの情報を『ダブルフェイス』が傍受いたしました!!」

その報告にさしもの『影』ですら愕然とした。

「馬鹿な!奴らは自分達で自分達の首を絞めるのをそれほどに望むか!」

声を荒げる。

核の威力、そしてそれ以上にその後もたらされる放射能の汚染。

軍団の激減などはまだ眼を瞑れるとしても放射能によってもたらされる大地の汚染は無視出来ない。

それは星の再生を目指す『六王権』からしてみれば到底許容できる筈も無い。

「それが・・・」

と『影』の背後から低い声が耳に届く。

それほど大きい声ではないが確かにそれは聞こえた。

そして彼の背後にいるのはただ一人しかない。

「奴らの答えか・・・自らのエゴの為ならばこの星が傷付くのを躊躇わぬ・・・良くわかった」

感情を抑え込んだ低い小さい声だった。

だが、その覇気は抑え様も無く玉座の間を荒れ狂う。

「ひぃ!」

その覇気に充てられた死徒が消滅する。

『影』ですら、思わず息を呑む。

これほど激怒した主君の姿など片手で数えられるほどしか見ていないのだから。

「・・・『影』」

「はっ・・・」

「暫し出る。その間『闇千年城』、お前に預ける」

「御意」

「戻り次第会議を開く。『ダブルフェイス』の起動準備を急がせよ。なおルヴァレは当初のままロンドン攻撃を行わせる。此度の事を知らせる必要は無い」

「はっ」

王の勅命に『影』が恭しく頭を垂れる。

頭を上げた時にはその玉座に主君の姿は無かった。









宇宙空間衛星軌道上・・・

生命の存在など許すはずの無いその空間にありえないモノがいた。

無重力の宇宙空間であるにも関わらず、まるでそこにだけは大地があるかの様に微塵の揺らぎも無いその姿は紛れも無い『六王権』であった。

その視線の先には星を汚し破壊する事しか知らない汚物が群れをなして欧州へと向けて殺到している。

「来たか・・・屑が」

その無表情な顔だが、内心憤怒を溜め込めて、片手を掲げる。

その視線を何故か太陽に向ける。

「・・・神の奇跡によって生み出されし聖なる炎よ・・・お前達の力を借り受ける」

―アルティメット・ブラックホール―

その詠唱と同時に核ミサイルの前方に暗きトンネルが出現し全てのミサイルが飲み込まれた。

―アルティメット・ホワイトホール―

その詠唱が唱えられると核ミサイルの群れは次々と姿を現した・・・太陽の間近に。

太陽の放つ超高熱に耐えられる筈もなく、次々と爆散していく。

「さて・・・次は」

そう呟くとその姿は忽然と何の前触れも無く消え失せた。









一方、核ミサイル全弾消失・・・その凶報は間接的ではあったがリアルタイムでアメリカに伝わりその動揺は著しいものだった。

正確にはその知らせを何の心構えなく知らされた政府高官であったが。

「核ミサイル消失だと!」

その知らせを受けた大統領他、政府最高幹部はホワイトハウス大統領執務室で愕然としていた。

「は、はい、国防総省、らさに連邦航空宇宙局共に同じ知らせが・・・重力圏内に存在していた核ミサイルが全て消失、その直後太陽百万キロメートル上の宇宙空間に突然現れ・・・全て爆散したと・・・」

その報告に彼らは絶句する。

今回の核攻撃、政府内でも慎重論が多数を占めていた。

何しろ使用する核の数は欧州全域を死の大地にするだけに留まらない。

コンピューターでのシュミレーション結果では最小限に食い止められても欧州全域更には地中海を隔てた北アフリカ、風向きや放射能の飛散次第ではユーラシア大陸のほぼ全域を覆う程の大惨事の予想など出来ていた。

そこまでの未曾有の被害が予測出来ている以上、その使用を躊躇うのは人として当然であった。

だが、開戦から加速度的に広がる被害の上に上陸作戦、高高度爆撃作戦が悉く頓挫しアメリカ国民にも不安と疑心が蔓延していた。

それ以上に未だ泥沼と化しているイラク戦争の事後処理で現政権の支持率は下降の一途を辿り、更にイラク戦争開戦を巡る各国との軋轢は未だに解消されていない。

ここで『強いアメリカ』の姿を国内を含めた全世界に誇示し、国民には再度の支持を取り付け、海外には超大国アメリカの力を見せ付ける為にこの愚行を強行した。

成功しても失敗しても、それがどれほどの災禍をもたらすか等考慮もせず・・・

「そ、そんな馬鹿な!!一体どの様な手品を使えば・・・」

「それとも魔術協会の言っていた事は真実だと言うのか?」

「その様な馬鹿な事が」

そう言った瞬間、

「信じようとも信じまいとも、それが真実だ。核弾頭とやらは神が創りし偉大なる炎に焼かれた」

その声が彼らの部屋から聞こえた。

「!!」

一堂が声の方向に振り向くとそこには一人の男がいた。

時代錯誤と思いたくなる、黒一色の豪奢な王族が着る様な服を着て、彼らをただ無言で睨みつける。

それだけで彼らは全員腰を抜かし床にへたり込んだ。

中には失禁している者までいる。

「ふん、星を汚してまで我らを滅ぼそうと言うのだからどれだけの豪の者かと思えば揃いも揃って腑抜けか・・・興が冷めた」

その様を表情一つ変えず呆れた様に男・・・『六王権』・・・は溜息をつく。

もしここに例え虚勢であったとしても、自分を睨み付ける程の気概を持つ者がいたのならば、そいつの命を奪うだけにしておこうかと(慈悲ではなく戦線をこれ以上広げるのは自軍の利にならぬとの判断)思ったが、ここいる連中は虚勢すら張れる者はいない。

「・・・少々利にあわぬが、思い知らせるが上策か・・・貴様らが犯した此度の愚行については、この大陸全ての人間に報いを与える。せいぜい自分の行いを悔いていろ」

そう呟くとその姿は掻き消えていた。

今までそこに誰かがいたのが嘘の様に・・・

だが、大統領執務室には緊張の糸が切れ気絶した政府高官の姿があった。

この時彼らの命は助かったが、この核攻撃は後の歴史に『アメリカ没落の始まり』と呼ばれるアメリカ暗黒時代の引き金を自分達の手で引いてしまった事を彼らが思い知る事になるのは少し先の話である。









「戻った」

「お疲れ様でございました陛下」

『闇千年城』に帰還した『六王権』を『影』が恭しく出迎える。

「それほどの徒労でもない。星が汚れるのを防いだのだ。それより」

『六王権』の言葉を半ば遮るように『影』は結果を告げる。

「既に『ダブルフェイス』は起動し、ルヴァレを除く全軍司令官は陛下をお待ちです」

「よしでは会議を執り行う」









アメリカによる核攻撃の知らせ、そして『六王権』による核投下阻止から二日が経とうとしていた。

幸いと言うか不幸にもと言うか、この知らせは一般市民には知らされず、目立った混乱も起きなかった。

そしてこの事実を知る者達はと言えば一概に事態が別の意味で深刻になるであろう事に危機感を募らせていた。

「・・・特に目立った動きは出ていないか・・・」

イタリアでは志貴達が埋葬機関内でエレイシア、メレム等を交えて会議を行っていた。

「・・・アメリカ攻撃は行わないのでしょうか?」

「そう楽観したいけどおそらくそれは無いでしょう姉さん。あいつは何らかの手を打つはず。何か異変があったとかそんな連絡は?」

「特には無いです志貴」

「テレビやネットのニュースにも特には」

志貴の質問にシオンと琥珀が答える。

「それよりも兄さん、何も知らされていない一般市民にもアメリカの核攻撃が噂として囁かれているのですがこれも『六王権』が?」

秋葉の疑念に志貴は首を横に振る。

「いや、多分アメリカからもれ出た噂が海を越えたんだろう。あいつは強大な力を誇っているが流石に噂までは操れまい。タタリじゃあるまいに、そんなものまで持っていたらもうお手上げだ」

「確かにそうですね。それとここ二日『六王権』軍の侵攻が鳴りを潜めていますが代行者、前線からは何か連絡は?」

「いえ、前線を守っている部隊からは特に、ただ、拍子抜けするほど静かで『六王権』の死者すら一体も姿を見せないと聞きます」

「もしかしたらイタリアを諦めたとか?アルプスさえ抑えておけばイタリアから逆に侵攻を受ける心配もないし私達をここに釘付けにしているうちに他を攻めているんじゃないかな?」

「さつきの意見も一理ありますね」

「でも、さつきちゃんそうだと考えると尚の事、死者一体もいないなんて変じゃないかな?」

「そうね。本当に私達をここに足止めする気なら死者でどんどん攻めさせるべきじゃない?」

「確かに現状では教会の傷も癒え形勢を整える時間を与えているだけ、『六王権』軍に利があるとは思えん」

「例の闇の封印もこの前からぴたっと広がりを止めたのも気にかかるね」

「もしかしたら、ただ単純に戦力の再編に手間取っているだけだったりして」

「可能性はあります。ブルー、イタリアで私達が、イギリスには士郎達がそれぞれ合流しているのですから相手も慎重に動いていると言う見方も外せません」

次々と意見が述べられ活気付く会議。

その時、志貴の携帯から何時もの電子音が鳴り響く。

「??士郎から?どうしたんだ一体」

そう言って携帯を取り出す。

「もしもし?士郎か」

『な、七夜さん!!』

「その声は・・・桜さん??」

志貴が不審な声を発する。

この携帯は志貴と士郎の仕事上の連絡用の物。

士郎が知っている人間とはいえ他人に渡すとはどうにも考えにくい。

「桜さん、どうして士郎の携帯を?」

『た、大変です!大変なんです!!』

大変を連呼する桜。

耳を澄ますと、誰かの獣の咆哮じみた悲鳴とやはり誰かの切羽詰った声が聞こえる。

「落ち着いて!一体何があったんですか!」

『せ、せん、先輩!先輩が!先輩が!』

「士郎が??」

『先輩が・・・倒れたんです!!』

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